上新井くろかわクリニック 黒河圭介

上新井くろかわクリニック院長 黒河圭介のブログ

2026年2月の提言

2026年2月の提言

昨年末から1月にかけて私にとって大きな出来事が二つありました。 

1つは患者さん方皆様方にもご迷惑をおかけした年末の変形性膝関節症の手術です。 昨年12月25日から3週間近くも入院したため診療をお休みして大変なご迷惑をおかけいたしました。 大きな手術だったにもかかわらず、おかげさまで膝の具合は大変良くなり、歩行もずいぶん楽になってまいりました。

もう一つは1月末に母が93歳で亡くなったことです。 最後まで頭もしっかりして認知症もなく、広島の自宅で一人暮らしをしていました。 最後は心不全で亡くなったのですが、亡くなる前日に親族の一人一人と握手をしてお礼の言葉を口にして翌日旅立ちました。男にとっていくつになっても母親を亡くすというのは大変つらいものですが、ちょうど休診日の日曜日に母を看取れたことと葬儀も休診日の水曜日に広島にとんぼ返りで行えたことに安どの気持ちでいます。 

自分の子供たちが皆成人し家庭を持ち独り立ちをし、自分の親を見送ることができたのでこれで私の家庭での役割はほぼ終了したのではと思っています。 あとは、膝もよくなったことだし、40年以上続けてきた医師としての仕事を元気な限り続けていき、好きなように人生を送りたいと思っています。

 

私の専門は、痛みの治療ペインクリニックですが、ここ数年は『美容』にも力を入れています。実際にわたくしが行う美容分野の施術にも取り組んでいます。私もモニターとしてほとんどの施術を受けました。

  •  4月から第2第4土曜日に院長による男性専科医療脱毛を行います。(女性看護師の立ち合いはありません)
  •  これから夏にかけて脇汗に悩む方に院長による脇ボトックスの注射を行います。(1回の施術で4か月程度の効果があります。)
  •  ダイエットをお考えの方に週に一度の注射で3か月で10Kgのダイエット効果がある痩身外来を開設しています。

その他、シミ取り治療、眉唇アート、ED治療、耳たぶ軟骨へのピアッシング、AGA(若年性脱毛)治療、様々なことを行っています。 

お問い合わせ、ご予約は美容皮膚科受付までお気軽にどうぞ。

TEL 04-2937-7873

 

2026年2月吉日         上新井くろかわクリニック  院長  黒河圭介

上が眉アートAfter 下がBefore

 

男性専科医療脱毛始めます。

4月1日より男性医師(院長黒河)による『男性専科医療脱毛』始めます。 女性看護師の立ち合いはございません。

完全予約制 04-2937-7873

 

所沢市 西所沢の上新井くろかわクリニック|男性専科脱毛

 

お肌つるつるの医療脱毛受けてみたいけど、女性の看護師さんにお願いするのはちょっと・・・ と思ってる方、ぜひお申し込みください。

     上新井くろかわクリニック 院長 黒河圭介

 

 

 

 

人工関節術後 6週間経過報告

 母が亡くなって10日ほど経過したが、まだまだ事務的処理は残っているが(人が死ぬと戸籍や年金や各種名義変更など山ほどの作業が必要となる) ずいぶんと落ち着いてきた。

 50年近く前に故郷を去ったわしにとって母は、故郷広島との唯一のつながりであった。母のことを最期まで面倒見てくれた妹は広島に居るし、これで広島と縁が亡くなったというわけではない。 わしが死ぬまで広島は故郷であり生まれ育ったルーツである。

母の遺影をいつもこうしてPCのそばに置いて毎日作業をしておる。

生前は口うるさいばばあだと思った母であるがこうしてみると懐かしい。

 ところで今日で人工関節術後6週間が経過した。 12月26日の術後は今思い出してもつらいほど痛かったが、たった6週間でここまでよくなった。 GOD HANDのスーパードクターの手術素晴らしい。

 

階段も上り下りできるようになった動画 ↓    youtube.com youtube.com   をクリックしてみてください。

youtube.com

母 逝去。

母が亡くなりました。 

 

いつかはこの日が来るとは思ってましたが、過ぎてみるとあっという間の出来事で具合が悪くなって入院して1週間ほどで逝ってしまいました。 

 

広島で面倒を見てくれていた妹から母の具合が悪く病院に入院したと連絡があり、1週間ほど入院しても回復せず、いよいよ具合が悪く最期を看取りに広島に日帰りで行ったのが1月25日(日)で病院を後にしてから岩国空港で帰りの飛行機の待機をしているときに、今息を引き取ったと連絡があった。享年93歳の大往生であった。

 

父が死んでから20数年、広島の実家で一人で暮らしていたが、80を過ぎてからいろんな病気を乗り越えてきた。 腰椎圧迫骨折、大動脈弁狭窄症のOPE(TAVI),謎の小腸壊死開腹術、大腿骨骨折OPE などそのたびに母は、妹や孫たちに『みんあありがとう、○○ちゃんをよろしくね。』とTVドラマのようなセリフを繰り返してきたが、今回も意識が亡くなる前日に同じように親族一同一人一人の手を握り、ありがとう、ありがとうみんな後はよろしくね、とお別れの挨拶をして翌日旅立った。最後まで全くぼけずしっかりした母であった。

 

いつだかわしに女の人生は、結婚するまでは親の言うことを聞き、結婚してからは主人の言うことを聞き、主人が死んでからは自分一人で気ままな人生を送る3つの人生があると言っていた。 20数年実家で一人ぐらしをしてたいていのことは自分のことは自分で行っていた。母にとっては幸せな第3の人生であったと思う。 

 

晩年の数年は近くに住む妹が母の面倒を全部見てくれた。妹には感謝の気持ちしかない。

 

男にとって母を失うということはとても悲しいことであるが、正直言ってちょっとほっとした気持ちもある。 まずは、逆縁(つまりわしが先に死ぬ)ということにならんでホンマによかった。 母は、晩年も異常に元気で不死鳥のようによみがえり、ひょっとしたらわしが先に死ぬことになったらホンマ申し訳ないという気持ちもちょっとだけあった。

 

数年前から母に万一のことがあったらどうやってクリニックを休診にしようかといつも考えていたが、奇跡的にクリニックの休診日に当たる日曜日に母を看取り、水曜日に葬式を済ませるという休診なしで諸行事を済ませることができた。最後まで気を使ってくれた母であった。

 

年末年始はわし自身が膝のOPE 入院で動けなかったが、退院してから母の具合が悪くなったので、これもまた諸行事に動くことができてホンマによかった。

 

妹とも話したが、これからはお互い体に気を付けて母ちゃんの分まで元気に生きていきたい。 

 

 

1月25日 術後4週間報告 

youtube.com

 

https://youtube.com/shorts/NOOlULCDGT0?si=VwITmGlZun41eejZ

 

 

昨年12月26日の右膝人工関節術後4週間、退院して12日ほどが過ぎました。 術前はわしの右ひざは確実に悪くなっており、月単位で痛みはどんどん増し、歩ける距離、動ける範囲も毎月毎月確実に悪い方向に向かってました。

 

術後4週間が経過し、チタン製の人工関節は着実に生着しているようで、毎日毎日確実によくなっている。術前にひと月単位で悪くなっていた膝が悪くなったひと月分が一日単位でよくなっている。

 

現在、屈曲は約110度、伸展はゼロ度。 目標は屈曲130度なのである。 130度になれば自転車がこげるようになる。 

 

痛みはほとんどなくなり、階段は登りはゆっくり目であるが左右の足で交互に登れる。下りはまだ片足づつである。

 

桜の咲くころにはゴルフをゆるゆると開始したい。

 

12月25日~1月12日 入院 手術 リハビリ 総括

12月25日~1月12日 入院 手術 リハビリ 総括

 

病状経過

 

・20歳のころ(50年近く前) 防衛医大の学生だった私は、床運動のバク中の着地の際、ひどく右ひざをねじり、膝に血種が溜まり、防衛医大病院救急に受診しました。 もちろんMRIは存在しませんでしたし、CTもごく一部の内臓疾患に適応があるだけで、XPだけ撮り(たしか骨傷はなかった)たまった血種をぶっとい針で抜いてもらって、ちょっとだけ固定してあとは放置してました。 

 

・1か月ほどはびっこになってたと記憶してますが、その後は痛みもなくなり、走ることも山登りも全く普通になって、膝をけがしたことなどすっかり忘れてました。

 

・50歳ころ(受傷後30年くらい)からたくさん歩いたりした後に右ひざが痛くなり、そういえば昔右ひざをひどくねん挫したよな~ と思い出しました。 別に生活に困るわけじゃなし、放置してました。

 

・55歳のころ、思い立って膝のXPを撮ってみて、ひどい変形があることに気づきました。この時点でほぼ第4期(KL-4)で大腿骨と脛骨の間にある軟骨はほぼつぶれてました。

 

・そのころから少しづつ右ひざは悪化し、走ることがむつかしくなった、正座ができない、階段を降りるとき膝が痛む、など変形性膝関節症特有の症状が出てきました。 私は50歳のころ進行性内耳性難聴で失聴し、人工内耳というインプラントを脳内に埋める手術を受けているためMRIを撮ることができず、わしの膝はいつまでもつかな~、80歳くらいまでもつとええのう。と楽観的に考えてました。

 

全身麻酔で人工内耳の手術を受けてましたので、もう手術は嫌だという気持ちが強くこのまま何とか生活していこうと考えてました。

 

・60歳を過ぎたころから、膝は月単位で悪くなる一方で、もともとゴルフの18Hはカートに乗らず歩いて回ってましたが、しんどくなってカートに乗るようになりました。階段の上り下りもきつくなってきて,坂の上り下りがしんどくなりました。

 

・3年位前からわしの膝はあと2~3年しかもたない、と自覚し、もう手術するしかないなと考えるようになりました。手術するならいつするか、年末年始挟んでちょっと長めの休診にしてやるのがいいかな? 夏は暑いし汗かくし、やるなら冬がいいよな、と思うようになりました。 今年するか、来年するかって考えてました。

 

・昨年の夏ころ(半年くらい前)防衛医大同期のグループラインでいろいろな話題が出るのですが、たまたまわしの膝の話になり、ラインで膝のXPをUPしたところ、整形外科、膝の専門医の医者たちが驚いて、『ひどい変形、お前、この膝で歩いてるの??』 と言われました。 もう手術を考えているんだよ、と言うと同期の膝専門医のH先生にしてもらうのがいいよ、とアドバイスをもらい、H先生に相談し手術をしていただくことをお願いしました。

 

・どの医者もそうですが身内や知り合いの治療、ましてや手術をするのは気が進みません。 H先生もきっと同じ気持ちだったと思いますが、わしが強くお願いしたので了承いただきました。

 

・昨年12月26日OPEということで前日の12月25日に入院しました。 OPEは9時に始まり、もちろん全身麻酔ですから全く覚えてません。 終わって病室に帰り時計を見たら午後3時だったと記憶してます。

 

・手術は非常に難易度の高い手術で、大腿骨末梢側の巨大な骨のう胞を掻把し、脛骨中枢端の骨折部位を除去し、そこに切り取った自家骨を移植してピンで2か所止めてから人工関節を固定するという手術でした。

 

・そのためかなり出血したようで、術直後のHb7.8まで下がって貧血を呈してました。

 

・痛みは、硬膜外麻酔を併用しなかったので手術日当日はがMAXで、VAS9~10 痛かったら押してねと麻薬のレスキューを渡され経静脈的にフェンタニルという麻薬を使ってもらいましたが、効いたんだか効かなかったんだか一晩は痛みのため眠れませんでした。

その後少しづつ痛みは軽減し、3~4日後にはVAS4~5 10日後にはVAS2~3 術後2週間ほどでVAS0.5~1 くらいまで軽減しました。

 

・術後のエコーで下腿部に深部静脈血栓が4か所あるとのことで(これは人工関節の手術では結構見られます)血栓を溶かすヘパリンという薬を3日間持続点滴しました。その後はリクシアナという血液サラサラの薬を3か月間服用予定です。

 

・術翌日からリハビリが毎日午前午後1時間づつ始まりました。 最初は、右足全体がしびれて動きもすごきもしなく、触られただけでうぎゃお~と痛みがありました。 理学療法士の先生たちの素晴らしいリハビリで徐々に膝も動くようになり、術後翌日にはベッドサイドに立ち、術後3日目には歩行器で歩行、4日目には松葉杖歩行、13日目にシャワー、2週間で松葉杖も返して普通の杖歩行、17日目からは杖なし歩行。 2~3日前からは杖なしで病棟内を300~500mくらい歩行訓練(徘徊)をしている。

階段もゆっくり一歩づつなら昇降問題なくこなせる。

 

・本日午前、最後のリハビリを終えた。 恥ずかしながら40年以上同業で働いており、リハビリ、理学療法のすばらしさを再認識したのである。

 

・今回の入院、手術、リハビリの総括をするにあたり改めて執刀いただいた主治医(防衛医大同期)のH先生、麻酔科の先生、循環器内科の先生、それに看護師の皆さん、ご担当いただいた理学療法士の先生すべての方々に厚く厚く御礼を述べて締めくくりたい。

退院してうちに戻りホッとしている。



入院、手術、リハビリの総括     完。

1月11日 術後17日目 明日退院

術後17日目 明日退院

 

いよいよ明日退院となりとてもうれしい。  

 

術後翌日から始めたリハビリも今日で16日間連続 計33時間(99単位)やったことになる。 リハビリを担当いただいた理学療法士の先生方には本当にお世話になった。 また、恥ずかしながら同業を40年以上やっていてリハビリの効果、素晴らしさを身をもって体験した。

 

 今日の状態

歩行:杖も使わず短距離ならゆっくり可能。 朝晩の自主トレで病棟内歩行(徘徊)を500mくらいづつしている。

痛み:安静時痛(常時)がVAS 0.5くらいで持続。 しかし少しづつ着実に減っている。

屈曲 自動運動 95度 他動運動 105度 ・・・ 目標130度

伸展 限りなく0度(完全伸展)に近い

貧血・静脈血栓の自覚症状 考えてみれば術後1週間くらいまではリハビリで筋トレをやるとハアハア言ってたが、それもほとんどなくなった。

 

その他 

今思い返すも術後1週間くらいまでのことは、なんか遠い過去のようで記憶もはっきりしない。 自分でブログを読み返して ああそうじゃった… と思う。

術後痛かったので意識的に記憶を消し去ったのか、術後鎮痛で麻薬を使ってたのでそのためかと思う。

杖なしで歩くようになって感じたのは、左右の足の長さの違い。 両膝とも変形性膝関節症で健側の左も若干O脚気味であった。 右を手術してまっすぐになったので左右の脚長差が生じたものと思われる。 右(OPE側)83.0cm 左(健側)82.2cm  約8㎜足が伸びた?

今後の目標:

一日も早く元通りの診療を行えるようにすること。 

朝夕の犬の散歩を行えるようになること。

ゴルフのハンデイキャップを23→15にすること(50歳ころのピーク時は12)

 

20日間に渡る入院・手術・リハビリ記録も明日で完結となる。 明日自宅に帰ってからゆっくり完結編を書きます。