上新井くろかわクリニック 黒河圭介

上新井くろかわクリニック院長 黒河圭介のブログ

母 逝去。

母が亡くなりました。 

 

いつかはこの日が来るとは思ってましたが、過ぎてみるとあっという間の出来事で具合が悪くなって入院して1週間ほどで逝ってしまいました。 

 

広島で面倒を見てくれていた妹から母の具合が悪く病院に入院したと連絡があり、1週間ほど入院しても回復せず、いよいよ具合が悪く最期を看取りに広島に日帰りで行ったのが1月25日(日)で病院を後にしてから岩国空港で帰りの飛行機の待機をしているときに、今息を引き取ったと連絡があった。享年93歳の大往生であった。

 

父が死んでから20数年、広島の実家で一人で暮らしていたが、80を過ぎてからいろんな病気を乗り越えてきた。 腰椎圧迫骨折、大動脈弁狭窄症のOPE(TAVI),謎の小腸壊死開腹術、大腿骨骨折OPE などそのたびに母は、妹や孫たちに『みんあありがとう、○○ちゃんをよろしくね。』とTVドラマのようなセリフを繰り返してきたが、今回も意識が亡くなる前日に同じように親族一同一人一人の手を握り、ありがとう、ありがとうみんな後はよろしくね、とお別れの挨拶をして翌日旅立った。最後まで全くぼけずしっかりした母であった。

 

いつだかわしに女の人生は、結婚するまでは親の言うことを聞き、結婚してからは主人の言うことを聞き、主人が死んでからは自分一人で気ままな人生を送る3つの人生があると言っていた。 20数年実家で一人ぐらしをしてたいていのことは自分のことは自分で行っていた。母にとっては幸せな第3の人生であったと思う。 

 

晩年の数年は近くに住む妹が母の面倒を全部見てくれた。妹には感謝の気持ちしかない。

 

男にとって母を失うということはとても悲しいことであるが、正直言ってちょっとほっとした気持ちもある。 まずは、逆縁(つまりわしが先に死ぬ)ということにならんでホンマによかった。 母は、晩年も異常に元気で不死鳥のようによみがえり、ひょっとしたらわしが先に死ぬことになったらホンマ申し訳ないという気持ちもちょっとだけあった。

 

数年前から母に万一のことがあったらどうやってクリニックを休診にしようかといつも考えていたが、奇跡的にクリニックの休診日に当たる日曜日に母を看取り、水曜日に葬式を済ませるという休診なしで諸行事を済ませることができた。最後まで気を使ってくれた母であった。

 

年末年始はわし自身が膝のOPE 入院で動けなかったが、退院してから母の具合が悪くなったので、これもまた諸行事に動くことができてホンマによかった。

 

妹とも話したが、これからはお互い体に気を付けて母ちゃんの分まで元気に生きていきたい。