上新井くろかわクリニック 黒河圭介

上新井くろかわクリニック院長 黒河圭介のブログ

駐車場拡張  第3診察室設置のお知らせ

上新井くろかわクリニックでは、処置室の一部を改造し第3診察室を設置いたしました。 この部屋は、患者さんが多くて1・2診察室だけでは、診察が回りきらないときや金曜午後の防衛医大皮膚科の髙井先生の診察の際に使います。

ちょっと狭いけど皮膚科の患者さんを診るのにはセキュリティーも保たれてコンパクトなスペース

また、あと少しで1号館・2号館前のスペースに駐車スペースを6台分くらい増やします。 

あとは、アスファルトを引いて白い線を引いて車止めをつければ完成。6月半ばころには駐車場としてデビューします。

 

今後の診察担当医について

上新井くろかわクリニック今後の診察担当医は、上記のとおりとなります。 

火曜日は黒河は休診で、診察担当医は防衛医大リハビリテーション部教授の尼子先生となります。 尼子先生は、リハビリテーション専門医であるとともに手の外科専門医です。

 

毎週金曜日の午後は、防衛医大皮膚科講師の髙井先生です。とてもやさしい女性の先生です。

 

お二人とも黒河の防衛医大の後輩の先生で、防衛医大の整形外科、リハビリテーション部、皮膚科とは強固な連携をもって診療することができます。

二子石氏を偲ぶ会

今日は、所沢パークホテルで『二子石ご夫妻を偲ぶ会』という会を開催した。 

 

二子石氏とはわしが防衛医大の学生だった頃にボランティア活動を通じて知り合い、大変お世話になった方なのである。 わしら夫婦の仲人も務めていただいて、そもそもわしが所沢の地に根を生やすことになったのは、二子石ご夫妻に世話になったからに他ならない。 二子石氏は所沢YACAの初代理事長であり、その後は特別養護老人ホームの施設長もされていた。60歳を過ぎてもなお国際貢献の活動をされ、アルゼンチンやフィリピンで多くの活動をされたのである。

 

昨年1月に二子石章氏が そして今年の1月に二子石桂子氏が相次いでお亡くなりになったのであるが、コロナのどさくさできちんとしたお別れができなかった。 今日は、お二人を偲ぶ会ができて本当に良かった。

 

今日は、二子石氏由来の方たちが大勢集まっていただき、みんなで昔話をしながらご夫妻の在りし日のお姿を懐かしんだ。20年ぶり 30年ぶり 40年ぶりに会う方もいてみんな20歳の頃に子供たちを連れてボランティア活動で行った猪苗代湖サイクリングキャンプやスキーキャンプの話に花が咲いた。

 

新人クラーク歓迎会

クラークとは、直訳すると「事務員」のことであり、医療機関におけるクラークは病棟で働く「病棟クラーク」と外来で働く「外来クラーク」を指します。 患者さんへ直接的な医療行為をすることはできませんが、事務的な仕事をこなしながら医師や看護師のサポートを行う秘書のような存在なのだ。

 

うちのクリニックには、優秀なプロフェッショナルなクラークたちがいる。 外来診療をするわしのそばにぺったりへばりついて、わしのしゃべる内容を一言漏らさず電子カルテに記入してくれる。 診療のうち重要部分だけを行って、わしは次の診察室、そんで処置、注射へと飛び回る。 診療の前の患者さんの様子の記入、診療中のカルテ記載、患者さんの残薬の把握、診療後の処方薬剤の整理、書類の作成、患者さんの愚痴聞きなどすべて行ってくれる。 クラークのおかげでわしは大勢の患者さんの診察、処置、注射などを行うことができる日本一のクラークたちなのだ。

 

今日は、新人クラークの歓迎会ということで都内某所にて食事会をしていた。(写真見ればどこかはすぐわかる)わしがくたばるまで毎日のわしの診療を支えてほしい。

 

もちろん今日もボディーガードの大野君も一緒だったのである。

 

 

『あの花咲く丘で、君とまた出会えたら』

5月になり桜の花は散りましたが、私の住む小手指ではツツジがとてもきれいに咲いています。 暑くもなく寒くもなく1年中で一番良い季節になりました。 ツツジと言えば、40年前に防衛医大を卒業後、2か月ほど入校した江田島海上自衛隊幹部候補生学校ツツジが思い出されます。

 

私は子供の頃は映画大好き少年で父に連れられて洋画邦画を問わずいろんな映画を見に行きました。最近はとんと映画を見る機会も少なくなりましたが、先日とてもいい映画を久しぶりに見ました。

 

2023年12月封切

『あの花咲く丘で、君とまた出会えたら』

 

SNSを中心に話題となったベストセラー小説の映画化です。 現代の女子高生百合(ゆり)(2022年のNHK連続テレビ小説『舞い上がれ』主演の福原遥)が1945年の日本にタイムスリップし、そこで出会った章(あきら)(新進気鋭の俳優水上恒司)にどんどん惹かれていくが、彼は数日後に出撃する特攻隊員だったという物語。そして主題歌は福山雅治による『想望』。

 

人を愛すること、大切に思うこと、共に生きること。今では当たり前のことが許されなかった時代、二人の時が越えた愛が交差する。美しくて悲しい涙無くしては見られないラブストーリー。その時代の人のおかげで今の幸せな日本があるのだなぁと痛感しました。今はまだ映画館で上映しています。

 

私も最近はあそこが痛い、ここがつらいと思うことは多くありますが、こうして平和な世の中で働ける幸せをつくづく感じました。 

2024年5月 吉日 

肩こり体操

 

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この前の50肩体操に続き、肩こり体操をユーチューブにアップしてみた。 肩こりは中高年のほとんどの人のうち自覚しない人はいないというほどの疾患なのである。

 

基本は、いつも背筋を張って肩甲骨と肩甲骨の間を狭めて姿勢をよくすることであるが、さまざまな肩こりを緩和する体操がある。 わしは、肩こりの患者さんに、天皇陛下のような姿勢をいつもすれば肩こりにはならんと説明しておる。

 

ところで、今月から毎週火曜日は、防衛医大リハビリ科教授の尼子先生が診察を担当していただけることになって、わしは毎週火曜日休んでおる。 毎日朝から晩までの診療時間中はおしっこに行けんほどの過酷な外来は、思ったより

厳しいものであり、コロナ禍の4年間は月曜から土曜まで休まず外来をしてきたが、もうちょっと息切れしてきたのである。

 

予定では、5月からは毎週金曜日の午後は黒河と皮膚科専門医との併診となる予定である。

令和6年4月からの担当医表

 

五十肩のための肩関節体操

五十肩とは、肩関節の運動障害と痛みが現れることです。医学的には”肩関節周囲炎”と呼びます。五十肩は、50歳代を中心とする40〜60歳代に多くみられ、特別な原因がなく発症するとされています。主な症状は片側の肩のみに痛みや運動障害がなどで、ときに日常生活に支障が生じるほどの強い痛みが現れることがあります。多くの場合は運動療法薬物療法などの保存療法によって改善することができます。自然に治ることもありますが、進行すると肩関節の動きが悪くなる肩関節拘縮(こうしゅく)や凍結肩といわれる状態になることがあります。

 

上新井くろかわクリニックはペインクリニックを標榜しているため、毎日あちこちの痛みを訴える患者さんが訪れる。 そのうち肩関節周囲炎(五十肩)の患者さんもとても多い。 もちろん注射や、お薬、湿布、リハビリなどで痛みを抑える治療をするのであるが、実は自分でする肩体操がとても有効なのである。 

 

毎日わしは患者さん相手にこの体操を何十回となく行っておるので、たぶん五十肩にはならんと思う。 最近ユーチューブアップに凝っているわしはさっそく肩体操をユーチューブアップしてみた。

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