上新井くろかわクリニック 黒河圭介

上新井くろかわクリニック院長 黒河圭介のブログ

8月6日日曜日 原爆の日

8月6日(日曜日)。  

 

今日は、78年前に広島に原爆(広島の被爆者はピカと呼ぶ)が投下された日なのである。 わしの母は、原爆で当時40歳であった父親を失い、母親も瀕死の重体となった経験をいまだに会うたびにわしに話す。わしの母は92歳になるが、腰椎圧迫骨折、心臓の弁置換の手術、小腸壊死の手術、大腿骨骨折の手術を受けたにもかかわらずいまだに元気でしょっちゅうわしにラインを送ってくる。

 

今日の母からのライン

『8月6日。おはよう。元気です。いつもならば この時間ベツトのなかにいます。今日は起きて、テレビの前にすわつて見ています。78年前、私は13歳女学校2年生でした。終戦の1か月前に 今の三次市吉さ(きさ)の親戚の家から女学校に通っていました。だから 今こうして生きて幸せに過ごさせてもらっています。あの日、父一男、母二葉と、市女の1、2年生、500人あまり被爆、市女、全滅、父も1週間後になくなりました。胸痛む思いです。みんな無理しないで元気に過ごしましょう。テレビを見ています。』

 

92歳になっても 最近はラインの誤変換もなくしっかりした文章を送ってくる。 (もっともこれくらいの文章を送るのに30分はかかるらしい) 

 

子供のころから原爆に関する教育を受けてきたものとして8月6日は特別な日で、今日は黙とうをしてから猛暑の中、近隣の先生方とゴルフをしてきた。

 

わしはというと、ここのところ変形性膝関節症の具合が悪く歩行困難で、ちょっとした距離でも杖をつき、各方面から『黒河、大丈夫か?』 『ついにくたばるか?』 と心配の声があり、わし自身もついに人工関節の手術か?! と思うこともあったが、当院で取り組んでいるPFC―FD治療を行ったおかげで、随分とよくなり、今日だって猛暑の武蔵カントリー豊岡コースで2万歩をらくらく歩いてきた。(武蔵にはカートがないし、下手だからあっちこっち歩いて1ラウンドで2万歩は歩く)

 

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92歳の母も頑張っちょるし、わしも無理せんようにしてまだまだ頑張る。。。